坂本冬美独身美人演歌歌手 天才娘だった!デビュー秘話

エキスパ

美人演歌歌手の坂本冬美さん、今年51歳を迎え益々

円熟の感じのある歌い手さんとして活躍しております。

その冬美さん演歌歌手としては20歳という早いデビュー

でした。そして昨年30年を迎えたわけです。

今回は坂本冬美さんのデビューにまつわる逸話などまと

めて見ました。

坂本冬美生い立ち

1967年3月30日に和歌山県西牟婁郡(にしむろぐん)

上富田町(かみとんだちょう)に生まれる。3月生まれで、

生まれた季節は春であるのに、「冬美」という名前をつけた

のは、生まれた時に肌が冬雪のように白かった事から、

叔父がつけたという話です。

富田町のすぐとなりが有名な白浜町です。和歌山県の南岸

にあるリゾートタウンで、石英砂のビーチで知られています。

坂本冬美の子供時代

歌が好きだった祖父の影響で子供の頃から歌が好きになった。

自宅で飲み会があるとリクエストされるとよく歌った。

小5の時に貯金箱を壊して初めて買ったレコードが石川さゆりの

「津軽海峡冬景色」だった。この石川さゆりに憧れて歌手を夢

みるようになった。

坂本冬美の中学時代

意外にも中学・高校時代はソフトボール部に所属してたそうです。

しかもキャッチャーでした。当時の女子生徒がソフトボール部で

中学高校と続けるとはかなり熱心ですね。

演歌の冬美さんとは思えません。野球好きから星野仙一さんに興味、

仙一さんの子供が欲しい、星野仙一さんの子供を産んだ?こんな

うわさに発展した元は、この野球好きからきてるようです。

中学生時代の作文で、将来の夢は演歌歌手であることを記していた。

演歌歌手目指す中学生がソフトボール?今ならピアノとか習うので

しょうが、おおらかな田舎の雰囲気が伝わってきます。

坂本冬美地元の高校卒業後

地元の高校を卒業後は大阪に就職したのですが、なぜか直ぐ退社して、

地元和歌山の梅ぼしの会社に就職したそうです。

(そのため梅干しには今でもこだわりがあります。

 

坂本冬美デビューのきっかけ

運命の1986年、NHKの『勝ち抜き歌謡天国』(和歌山大会)で名人になる。

プロ作曲家とコンビをくみ、勝ち抜く歌謡大会で猪俣公章先生とコンビを

組みます。そこで見事和歌山名人になりました。

 「関西演歌大賞カラオケコンクール」でも優勝、『勝ち抜き歌謡天国』で

歌唱指導を担当していた猪俣公章の勧めで上京し、同年4月から11月まで

猪俣の内弟子を務めた。

同じ美人演歌歌手が幼いころから歌謡教室や詩吟など習っていますが、

坂本冬実はなぜかソフトボール部。それでいてコンクール入賞で入賞

するのですからあの歌声は天性の物なんですね。デビュー前から歌が

うまかったんです。独学であれだけ歌えれば見事です。天才娘としか

言いようがないです。

 

ついに念願かなって1987年に「あばれ太鼓」でデビュー

 

(デビュー前の坂本冬美、猪俣校章)

この「あばれ太鼓」は80万枚を超える大ヒットを記録。これで坂本冬美

は一気に有名になりました。おん年わずか20歳のときでした。

デビューに際してスタッフに命じられて5㎏ダイエットしたそうです。

和歌山の田舎町で会社員、それがわずか1年で80万枚大ヒットの演歌歌手。

和歌山の親族、知人は驚いたでしょうね。

その後の活躍はみなさんご存知かと思います。今年2018年3月で51歳に

なります。

気になる結婚はどうなっているのでしょうか。これだけ美人で男性のうわさの

ない女性も珍しい。今度マスコミをにぎわす時は坂本冬美、年下イケメン男性と

電撃結婚!なんて記事拝見したいですね。

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