加山雄三 光進丸でまた借金か? 若大将は事業で苦労人生だった! 

エキスパ

加山雄三 災難人生また借金か 過去にはホテルの大型倒産があった

加山雄三愛用のクルーザー光進丸が原因不明の火災を起こして沈没した。

ニュースでも大きく取り上げていたのでご存知の方も多いでしょう。

実は加山雄三氏 若いころから幾度か事業が破たんになり、かなり

借金を抱えているおりました。今回そんな加山雄三氏の事業破たんを

まとめてみました。今回はパシフィックホテル倒産編です。ぜひご覧

くださいます様お願いいたします。


加山雄三 名門茅ヶ崎パシフィックホテル経営そして倒産

 

共同オーナー「上原謙」「加山雄三」「岩倉具憲」上原兼さんは有名な俳優で

加山雄三さんの実の父親です。岩倉具憲さんは母方の叔父にあたります。

実際の経営はこの叔父が行っておりました。

サザンオールスターズやブレッド&バターの楽曲「HOTEL PACIFIC」のモデル

にも

なった、神奈川県茅ヶ崎にあった「パシフィックパーク茅ヶ崎」

パシフィックパーク茅ヶ崎は、1960年代後半から1980年代後半にかけて神奈川

県茅ヶ崎市に存在したリゾート施設。メインはホテルで正式名称は「パシフィ

ックホテル茅ヶ崎」、通称「パシフィックホテル」「パーク」とも呼ばれて

いました。茅ヶ崎駅からは少し遠いのですが、国道134号を挟んで湘南の海が

すぐそこのリゾートでした。

俳優の上原謙と加山雄三らが共同オーナーで始まったこのリゾートホテルは、

開業当初は著名人が多数訪れたことで有名になりました

しかし1970年ホテルを所有・運営していた企業「株式会社パシフィックジャ

パン」が倒産。ホテルは売却され、その後ホテルは休業・再開を繰り返して

いたが、営業不振で1988年に完全廃業となってしまいました

加山雄三さんがオーナーだったという事もありますが、茅ヶ崎で生まれ育っ

たミュージシャンを中心に大きな影響がありました。ホテルのプールサイド

でのバンド演奏したり当時は、サーフィンブームもあり、湘南サウンドが流

れていました。

湘南海岸沿いにそびえ建つ斬新なデザインの建物で、ホテルだけではなく、

ドライブイン、ボウリング場、ビリヤード場、プールなどの娯楽施設を併設

し、当時としては最先端の高級リゾートを形成していた。

この茅ヶ崎パシフィックホテルを中心に最先端の若者が集まってきました。

その中にサザンオールスターズの桑田佳祐もおりました。

ニューミュージシャンの心のふるさとのような役割だったのです。それが経営

難とは残念。

1970年、上原・加山・岩倉らが役員を務めホテルを所有・運営していた企業

「株式会社パシフィックジャパンが倒産。23億円もの負債の返済に当てる為、

ホテルは約18億円で売却された。


加山雄三借金返済のため生活切り詰め

 

このホテル倒産で加山氏が抱えた借金は23億との情報もありますが、実際は

もっと少ない5億円だと思われます。しかしそれでも大変な金額でございます。

どうやって返済できたのでございましょうか。

そこは腐っても鯛ではなくて、やはりスターの加山雄三氏。本業の仕事でしっ

かり返済したようです。生活もギリギリまで切り詰めていたとのこと。

新婚なのに、東京での住まいは家賃9万円のマンション、靴は2足で洋服は月賦、

朝の味噌汁の具は前日の夕食の残り物を食べたそうです。

一般人なら普通ですが天下の大スターです。1970年代はまだ映画全盛期

だった時代です。映画では「若大将シリーズ」のもちろん主役でした。

歌えばエレキ抱えて”僕のお嫁においで”などヒット曲もたくさんありました。

我々とは稼ぎが段違いに違います。そこで倹約生活、仕事先に「これがあの

加山の車なのか?」と驚くようなオンボロ車で来ていたという話も残ってお

りました。こうした倹約生活で加山氏は結婚1年目に3000万円という猛烈な

勢いで借金を返済…

貧乏を楽しむようにも見える加山さんに「生まれがいいからこそ、貧乏も

ゲームみたいな感覚で耐えられるんだよね」という声も出たほどでした。

そうして、5億円ともいわれた加山さんの負債は8年ほどで完済されたので

ございました。


加山雄三借金返済 ネタ次郎まとめ

庶民は住宅ローン30年かけやっと返済しますけど、5億を8年で返済とは

やっぱりスターは違いますね。しかし加山雄三の事業破たんはこれで終わらない。ほとぼりが冷めたころまたやります。次回は2度目の事業破たん、借金の山を掲載します。よろしくお頼みいたします。

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