大谷翔平はホントに凄すぎる 最高のデビュー、天才を育てた両親の子育てとは?

エキスパ

大谷翔平選手大リーグの歴史を塗り替えることは確実だ。

エンゼルスに所属の大谷翔平。大リーグで新しい歴史を作ることが

確実になりました。バッターとして3戦連続ホームラン。ピッチャー

では本日(4月9日)の登板では7回投げて無失点、ヒットはわず

か1安打のみ、12奪三振という、マンガでもこんなストーリーは

描けません。

今回はこの化け物のような大谷翔平選手を育てた御両親の子育てを

紹介します。最後までよろしくお願いいたします。


大谷翔平の両親とも一流のアスリート

父親、大谷徹、母親は大谷加代子さん。父親の徹さんは、岩手県北上

市出身で県立黒沢尻工業高校時代は外野手で活躍してました。県立高

校ですがスポーツの盛んな高校です。ちなみに息子の大谷翔平は有名

な私立花巻東高等学校です。

父の徹さんは卒業後は社会人野球の三菱重工業横浜に進みここでも活躍

されました。

大谷翔平選手は親の素質遺伝子に恵まれた。

母親の加代子さんはバトミントンで活躍されていた、いわば大谷家は

アスリート一家だったんですね。翔平選手の身長が193センチ、父が

182センチ、母が170センチという家族そろって高身長です。

これでわかった事は翔平選手はまず運動神経の遺伝子に恵まれていたと

いう事です。野球の才能を親から授かって生まれてきたんですね。

次に体格、これも遺伝子ですね。両親そろって高身長です。プロ野球で

もたまに低身長の選手がいますけど、高いに越したことはない。

大谷翔平選手は野球の環境に恵まれた。

 

父徹さんと母加代子さんは横浜で知り合い結婚しました。そして岩手県

に戻りました。加代子さんは横浜出身ですがここで徹さんと岩手に

移り住みます。浜育ちなのに東北の岩手に移転する。よく決断しまし

た。これがなければ今の大谷翔平選手は存在してない可能性大です。

日本のプロ野球選手は何故か地方の選手が多いです。人口比率からい

えば東京が一番多いはず、しかし現実は地方の選手が圧倒的に多い。

やはり野球というスポーツは広い環境が有利なんですね。東北の岩手

県聞いただけで広い環境が目に浮かびます。そして何よりも父親母親

が応援してくれた。。

 

大谷翔平選手の父親が野球に熱心だった。

翔平選手が野球をはじめたんは小学3年のとき、地元のリトルリーグ

入りました。この時に父徹さんが監督、コーチで参加しました。

この父親と野球をする、この環境はとても大事です。父親が監督、コーチだ

ったプロ野球選手は有名な方がたくさんいます。

大谷翔平の父の場合

「そのとき僕も覚悟を決めました。リトルリーグのコーチを志願し、仕事を

多少犠牲にしてでも、翔平の野球に付き合おうと思ったんです。

以来、会社の飲み会や友達との付き合いはしなくなりました。でも、無理し

てそうした訳ではなくて、息子たちと野球をやっているほうが僕自身も楽し

かったんです」

仕事も友達の付き合いもなくなったとのことですから、よほどの覚悟ですよ

ね。すべての優先順位を息子の野球にしました。プロになるにはそこまで親

がしなければならないのですね・・・正直厳しいです。親も楽しみながら子

供と一緒に野球をするということが重要なのでしょう。確かイチローの父親

も息子イチローのために仕事よりも野球に時間をさいていました。

将来の夢(プロ野球に入る)をしっかりとはっきりと意識させた。

プロ野球に限らずサッカーでもテニスでも本人に未来の姿を明確にイメージ

をさせているという点です。

大谷翔平はもちろんですがサッカーの本田圭佑の将来の夢も有名です。

自分の夢を曖昧にせず、いつ、どこで、どうなっているのか?これを明確にリアルに描いている。  

イチロー小学時代の作文がありますが、小学生のうちから現状の分析から、

プロ野球になってどうしたい〜というところまで明確に書かれております。

大谷翔平の小学生時代の作文は残っていませんが、高校時代に大リーグで野

球をしたいという夢を持っていました。


大谷翔平の両親子育てまとめ

大リーグが開幕して、これ以上ない結果を出して、アメリカのマスコミやフ

ァンを驚嘆させています。こんな凄い子供を育てた大谷の御両親。調べてみ

ると意外にも普通でしたが、一番のポイントは父親が息子と一緒にリトルリ

ーグで練習する。

ここが一番大事で難しいところです。将来息子さんををプロ野球に入れたい

親御さん、仕事を転職してでも「息子と野球をやる覚悟」はありますか。

 

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