大物スター 渡哲也と吉永小百合 結婚寸前だった!

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エキスパ

昭和時代を代表する、映画スター、渡哲也と吉永小百合

どちらも大物すぎて今更紹介とはおこがましいのですが、

以外にも二人は恋人だったそうです。

なれそめは「愛と死の記録」1966年 日活映画でに共演が
きっかけでした。

元々は浜田光男と吉永小百合の「愛と死を見つめて」が

大ヒットしてその続編でした。しかし浜田光男がケガをして

その代役で主役に抜擢されたのが、渡哲也でした。

何しろ今から52年前の映画です。ふたりも若かった。

吉永小百合は1945年生まれですから、21歳のピチピチ

ギャルで哲也兄は25歳のお兄ちゃんでした。

いくら共演で恋人になったとしても、若すぎたようです。


日活映画の「愛と死の記録」の記事があります。

以下拝見します。

愛と死の記録
1966年 日活
監督:蔵原惟繕 主演:渡哲也、吉永小百合、中尾彬、佐野浅夫、浜川智子

原爆症による差別や、その原爆症で若い命が亡くなっていく。

その理不尽さをコントロールしきれなかった感じの映画である。。

吉永と渡の演技はなかなか好感が持てるので、

純愛ロマン映画としては好感のもてる作品である。

渡は印刷工場に勤めていた。ある朝、バイクの接触で吉永の

レコードを割ってしまう。それを弁償しようと同僚の中尾から

金を借り、吉永に返そうとするが、受け取ろうとしない。中尾は

同じレコード屋の彼女(浜川)がいて、そのいきさつを知り、

二人をだまして合わせる。騙された二人は心を開き付き合う事になる。

そして、バイクで旅行に行ったり、二人の心は近づく。

そんな中、渡が仕事中に倒れる。それから、二人の間にぎくしゃくな

状況が起こる。

そして、渡は原爆ドームの下で、自分が被曝者で4年前に原爆病院から

退院して、佐野の行為で今の職場にいることを打ち明ける。そして少し

たち、渡は入院することになり、吉永は一生懸命に病院に通う。だが、

それもかなわず渡は亡くなる。そして、吉永は、神様にしかわからない

そんな運命のむなしさを感じながらも立ち直ったかにみえたが、数日後、

自殺をはかるのだった。

誰も責めることのできない原爆症に若者の恋が崩壊する。ただ悲しい。

だが、そこに反原爆的なものはあまり介入しない。

引用ここまで


管理人 時事ネタ次郎より

この映画で共演して意気投合した2人は「青春の海」(67年)で恋におち、

「嵐の勇者たち」(69年)で共演したころは結婚を真剣に考えている。

驚きです!!今では大スターの渡と吉永が結婚を真剣に考えるほど「恋に落ち

ていたのか」・・・

しかし、一家の大黒柱である小百合のマネジャーの父親は「交際はいいが

結婚はダメ」、そして母親は「結婚したら相手を絶対に許さない」と猛反対。

そういえば同じような話がありました。人気絶頂期の宮沢りえと貴乃花関との

結婚。りえの母の猛反対であえなく撃沈!

やっぱり若いカップルは大人が反対しますね。これも運命でしょうか。

渡哲也と吉永小百合が結婚していたら、おそらくは芸能界の歴史も変わって

いたでしょうな。

その二人がなんと50年ぶりに同じステージに立つことがありました。

胸中は二人にしかわかりませんが、出来るもんならのぞいて見たいですな。

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