吉永小百合の夫 岡田太郎とのなれそめはあの大スター 渡哲也が原因だった!!

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エキスパ

日本を代表する大女優吉永小百合の夫は岡田太郎氏

昭和の映画全盛期にデビュー。

出演した映画も120本という多さです。1本ずつ検証したわけでは

ないですが、そのほとんどが主演の映画です。また意外にも歌手としても

活動していました。

さてその大女優吉永小百合、1973年(昭和48年)28歳

の時に岡田太郎氏と結婚しています。

人気絶頂期でしたから、デートも苦労したでしょうね。

岡田太郎氏は有名な話ですが、当時はフジテレビのディレクター

でした。15歳年上ですから43歳ですか!いくらテレビのディレクター

といえ、43歳で人気女優と結婚とは岡田さん大したもんです。

しかもバツイチの離婚歴あり。日本中の「サユリスト」は悔し涙をのんだ

ことでしょう。


当時の記事があります。以下拝見します。

浜田光夫(74)との「純愛コンビ」が「解消」となって以降、長いスランプ

に陥って伸び悩んだ吉永小百合(73)に、三人の有名サユリストが「再生」

の手を差し延べた。大御所作家、写真家、編集プロデューサーがそれぞれ

極秘の「個人授業」を開き、個別に「講義」をしたのだ。例えば、大御所

作家はホテルの部屋に小百合を呼び、バスローブ姿で待っていたり──。

 しかしそれも功を奏さず、時を同じくして、小百合は声が出ないという

病気に悩まされる。結婚まで考えた渡哲也(76)と破談したショック

(パリに傷心旅行に行ったけど‥‥)、両親との確執、多忙によるストレス、

そしてスランプ‥‥。原因はいくつもあった。

 そんな時、「個人授業三人衆」に代わって登場した「救世主」が、

小百合より15歳年上のテレビプロデューサー、岡田太郎だった。

 小百合は声が出なくなってからいろんな人が心配し、様々な医者を勧められて、

喉に注射を打ったりもした。だが、どこに行ってもはかばかしくない。必死に声

を出そうとしていたが、吉永家のお手伝いさんが、小百合が出演するテレビ番組

を見て「声が出てませんね」と言った言葉が胸に刺さった。なにしろ、「ハーッ」

と息を吐く延長みたいな声なのだ。

小百合は旧知の岡田にも相談。すると、

「それは働きすぎなのが明白なんだから、休養するしかないだろう」

という慰めのアドバイスが。

小百合はスランプなのに、仕事は多かった。なぜなら吉永事務所はずいぶんと

大所帯になり、スタッフが増員。彼らを養うため、輪転機のように働かざる

をえなかったのだから、無理もない。

岡田の進言をきっかけに、体調不良という理由で休養を宣言し、ファンクラ

を解散した。それはファンクラブ会員のために開催していた、小百合を囲む。

茶話会の場で発表したため、ファンに取り囲まれ、大騒ぎになった。

小百合は心を許すこのバツイチ年上プロデューサーと、半同棲生活を始める。

渡との結婚が両親の猛反対にあい破談に追い込まれた苦い経験から、今度は

その両親に決して知られないように──。

小百合は実家の他に、習っていた日本舞踊の稽古のため、という名目で、東

京・三田のマンションに仕事部屋を借りていた。本館と別館があり、一方に

小百合が、もう一方の棟に恋人が住み、2棟を結ぶ渡り廊下を通ってコッソ

リと行き来をする。

当時のマネージャーは、小百合の両親に2人の極秘交際を隠し通す役目を担っていた。

そして28歳で、ついに結婚にこぎつける。

中平まみ(作家)


管理人 時事ネタ次郎より

15歳年上のバツイチ男に心ひかれたのは、渡哲也との破局が原因だったのですか!

これってよくある話なんですな。若い女の子が同世代の恋人の事で年上のし

っかりした男性に相談する。若い恋人はまだ女の扱いやその親に対する配慮

は幼い。そこで登場する年上のベテラン中年男に心を惹かれる。そして結婚にいたる。

でも幸いにも夫になった、岡田太郎氏女性の扱いはもちろん、仕事でもやり

でした。出世街道を順調に駆け上り、後の共同テレビ社長、会長、取締役

談役を歴任しました。結果的には吉永小百合も幸せな夫婦生活を送ったようです。

まずはメデタシですかな。

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コメント

  1. Ewan より:

    simizu kyousei, thanks so much for the post.Much thanks again. Really Cool.

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